失恋のすすめ

生き方

すっかり暖かくなり、春といえば「出会い」の季節。

(ただ、新生活がスタートするということで「別れ」の季節であったりもするのだが…。)

最近の若い世代は「恋愛」というものが、どこかエンタメとして消化するにはタイパもコスパも悪いといって自分から遠ざける傾向にある。ただ、アニメやドラマで描かれるキレイな「恋愛」模様に少なからず憧れも抱き、現実にそんなことは起きないと思いつつ期待してしまうことだってあるのではないか。

「恋愛」というものは、能動的に「しよう」と思って「する」ものではないし、能動的にしようと思うとそれはもはや「欲求」を素直にはきだしている状態ではないかと感じる。

この状態で「恋愛」というものを始めてしまうと、「良い失恋」は生まないと思っている。

そもそも、失恋というものを経験するべきかどうかは賛否があるかもしれないが、私は少なからず失恋という経験は、人生を好転させてくれる大きな効果を持っていると感じる。

恋愛信者の妄想かのように書いてしまうが、誰かと付き合い、誰かを想って生きた結果、裏切りや、理不尽さや、相手が思い通りに動いてくれないなど、自分とは違う人間を一生懸命に考え「失う」という経験をした場合、真に人は振り返る行動を取るのではないかと思う。

もちろん、これは恋愛に限ったことではない。「仕事」「友人」あらゆることに「失敗」というものはつきもので、その都度自分に対して振り返る行動が取れれば良いのだが、私の経験上、一番わかりやすくダメージを受けて自分のことを振り返ろうと出来るのが「恋愛」だと思っている。「仕事」「友人」はどうしても「他責思考」を作り出しやすいと思っているからだ。(もちろん、「恋愛」というもの自体にも「他責思考」を繰り返し、結局似た人を好きになり失敗を繰り返してしまう人もいるのだが…)

最初に書いてあった、能動的に恋愛をしようと思って誰かを選ぼうとすると、失恋をしたときに「他責思考」へと向かう気がしている。能動的に恋愛をすることは、何か相手の将来性や、現時点の経済力、そして年齢、それら数値的な魅力というものに引っ張られる気がしている。学生の内では起きにくいかもしれないが、学生の内だと「周りからの評判」みたいなものが、一種の数値的なものとして顕在しているのではないか。

これらについて、特に否定的なことを述べたいわけではない。「数値的魅力」はその人が生きてきたうえで、努力した結果だとも言えるし、それらを重視することも自然な流れだと思う。しかし、それらの数値的なものに魅かれて相手を好きになると、その相手が数値的魅力がなくなれば捨てるという結果になるだろう。会社を経営している人は魅力に見えるが、経営が傾いた途端に以前のような対応をしなくなる人は多いのではないだろうか。その場合、責任はどうしても「相手」に向いてしまい、自分の何がいけなかったかを振り返ろうとしないだろう。それは「良い失恋」とは思えない。

最近、マッチングアプリを同僚や友人から勧められて始めてみた。学生の頃に比べると、アプリで出会うということが普通になっていると聞いて興味本位で入れてみた。この世界をのぞいてみると、何か「家電」を選ぶかのように異性と出会おうとする人で溢れかえってしまっている。「出会い」という意味で数は圧倒的にアプリなのだろうが、少し違和感を覚えたりする。もちろん、これで素敵な出会いがあり「結婚」して幸せになる人もたくさんいるのだろう。そういった出会いはお互いが自立していて、「自分」を振り返っていった結果、合わせようと思える人と出会ったのだろうと思う。ただ、そういった出会いがいつも生まれるわけではない。

まずアプリを開く自分の心に聞いてみよう。「少しでもかわいい人」「少しでも年収が高い人」「自分ならこのレベルなら」こういった気持ちが、やはり湧いて出てくるだろう。自然なことだとは思う。

こういう気持ちを捨てつつ、とりあえず出会いの数をあたってみようと思える人ほど、きっと素敵な人と出会えるのだろうなと思う。そんな気持ちを持ったもの同士で出会える確率も多いからこそマッチングアプリというものは良いツールなのかもしれないけれど、ちゃんと自分と向き合ってからではないと、相手の数値的魅力に依存してしまい、良い結果(失恋後も含む)を生まないような気がしている。

さて、非モテの持論を聞かされて申し訳ない気持ちがあるが、本題である「失恋」のすすめの結論を書こうと思う。

失恋をすると、相手にどれだけ依存していたのかが見えてくる。何も与えていなくても、自分を肯定してくれる存在は貴重で、何物にも代えがたい。そういった存在がいなくなるのだから、痛くなって当然である。人によっては人生の終わりまで見えてしまうぐらい落ち込んでしまうだろう。だが、それぐらい落ち込むぐらいの恋愛が出来たことには「価値」が凄くある。自分の人生を振り返り、なぜ相手に依存していたのか、その正体を探ろうと一生懸命にあがくだろう。時には復縁アドバイザーに連絡を入れたり、時には占い師に未来をたくしたり、時にはインフルエンサーに悩みの投稿をするかもしれない。そうやって、情けない自分と向き合いながら「自分が自分を満たせていない」事実にぶち当たるはずだ。そうすると、振り返ろうとする。自分の言動、行動、習慣。それらすべてと向き合い、自分で自分を満たせるように勇気をふりしぼり一歩を踏み出すことが出来る。

そうなっていくと、人生は明るく自分らしく生きるって悪くないなと思えるようになる。

失恋をした君に、少しでも心の処方箋になってくれることを願い。簡単に心の穴を埋めてもらうような恋愛からは卒業し、自分で自分を幸せにしていってもらいたい。

こう書いている筆者も、同じように自分で自分を幸せにしようと努力している最中である。その先に、仕合せにしあえる人と出会うことを信じて。たとえ出会わなかったとしても、自分のことは自分で幸せにしようと思うのだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました