痛みを知るから、振り返ることが出来る。
大学受験という壁に挑み失敗してしまった生徒は、この先の長い人生が暗いものだと感じるだろう。
無責任なことをあえて書いてしまうが、その子は良い経験になっていると心から思う。ただ、その子にとってはそうは受け取りにくいだろう。
自分自身の経験を書くとすると、第一志望の学校に落ちた。しかし、第二志望の学校に受かった。そういった事実があるが、実はそれほど本気で大学受験というものに向き合っていなかったと思う。大学に落ちて泣いたとかはなく、「あぁ、まぁやっぱり」といった、どこか冷めたものを感じていた。
つまり、なんとなく時間があって、なんとなく周りが勉強し大学を目指していたから、そこに「教師になる」といった大義名分をかかげ、周りよりも人生の道が開けているように見せて、周りからすごいと言われることに気持ちよさを覚えながら、なぁなぁに時間を過ごした結果、結局痛みを感じることが出来なかった。
痛みを感じることを、嫌がる。それはそうだ。
だけど、痛みを感じないと人は振り返らない。そんなものだ。
痛みを避けて避けて避けて、そうやって生きることだってできる。
でも、痛みを受け入れる覚悟は持っておいてほしい。
痛みは不意に訪れて、そして心をどん底まで落としてくる。
その痛みを和らげるために人は「執着」する。
可能性に執着し、人に執着し、物に執着し、自分を振り返らない。。。。そして繰り返す。
心身脱落。
痛みを感じたときこそ振り返り、そして自分と対話し、そこから解放されると
ふと自分にとって大切な瞬間に出会えるものだと思う。
私もそうやって、一歩一歩嫌な思いと向き合いながら歩き進めようと思う。



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