楽しく生きる技術を身につけよう

生き方

趣味ってなくてはダメ?

子どもたちを見ていると、スマホゲームやTikTok、Youtubeなどに多くの時間が取られていることが心配と思う反面、あれだけ時間を気にせずに熱中できる感情が羨ましくさえ思う。

普段の生活は、ほとんど仕事場と家の往復で終わり、土日は仕事の疲れから何もやる気が起きず、新しい出会いを求める気持ちになれない。趣味なんて特にないって人も多くいると思う。

これを書いている記事主も、前の職場では今の職場に比べて仕事量が多く、それらの業務をこなすことに必死で、同僚たちと酒を飲みながら愚痴を言い合うことで少しの回復をするが、日に日に心が疲弊していく感覚を覚えていた。

しかし、勘違いしないでほしいのは時間があればよいという訳ではない。今の職場は、かなり休みの日数がもらえており、自由な時間も多くある。ただ、だからといってワクワクするような趣味が見つかる訳ではない。むしろ暇は苦しささえ与える気がする。

趣味がない。だから人生がワクワクしない。そんな風に思ってはいないだろうか。

記事主も、最近まで思っていた。

別の記事で、詳しく書こうと思っているが記事主は前の職場を辞めて「世界一周」をするために『ピースボート』という船に乗った。その船は、108日間を使って地球を一周するというもので、記事主が乗ったのは北半球周りのクルーズであった。想像できるかもしれないが、ほとんどが船の時間で、暇すぎる時間が多くあった。

その当時を振り返ると、暇すぎて自分のモチベーションが下がってしまうという感情は少なく、とにかく自分と向き合いつつ、インプットとアウトプットを繰り返す毎日にとても新鮮な気持ちがあった。多少は、仕事をしなくてもいい解放感と勇気ある自分の決断に自分から人生を切り開いている感覚があったからモチベが下がっていなかったのかもしれないが、この時間は「趣味がないから人生がワクワクしないな」という考えは一度も浮かんでこなかった。

非日常な108日間だから、そりゃモチベが下がらないだろうと思うかもしれない。ただ、108日間もいると、非日常から日常に変わってしまう。だから船の生活に飽きてしまっている人も多くいた。だが、自分はその生活に飽きたという感情はでなかった。船の上で趣味が見つかったわけではないのに。

この経験のおかげで、最近になって自分の人生がワクワクしていないなと感じている自分に出会っていると同時に楽しむ技術が必要ということに気が付かせてくれた。この感情を共有することで、この記事に出会えたあなたが「人生を自由に生きるため」のヒントになってくれることを願う。

楽しむ技術とは

さて、何度も書いてくどいが、最近の記事主は「何か楽しくないな」「何か趣味を見つけないとな」なんて考える時間が増えていた。つまり、人生に多くの余暇があれば幸せな人生が送れる訳ではないなと気が付いてしまったわけだ。

これは、聞く人からすると腹が立ってしまうこともある。そもそも仕事が忙しすぎて余暇というものを十分に取れていない人は、まずはそのステップをどう変えるか早急に考える必要がある。自分の心に余裕が生まれない人は、環境を変えない限り「うつ」状態に向かっていくことになる。いくら楽しむ技術を身につけたからといって、その状態が変わることはない。心に従って環境を変える勇気を持たないかぎり、楽しむ技術を行使することはできない。

さて、自分に余裕が出来た人は趣味を見つけようと考えることから始めるだろう。そのステップが実は落とし穴である。想像したときに「できそう」とか「楽しそう」とか、そういった感情は大切であるが、それは持続しない。やってみたが「楽しくなくなってきたなぁ」という飽きは必ず出てくる。

すごく怪しいセミナーでささやかれそうな言葉であるが、楽しむ技術というのは「思い込む」という技術なのである。「こういう行動がとれている自分が好きだなぁ」「これをしている自分って幸せだなぁ」と思い込むトレーニングを積むことが大切なのだ。

あ、記事から人が去っていく感覚を覚えた。。。笑(そうですよね…。分かります。。。そんな作られたような感情というかトレーニングというか、なんかそんな努力で何とかする感じが、もうしんどいですよね。。。)

少し違う視点で書いてみようと思うので、もう少し我慢してみて読んで頂きたい。

恋愛感情は持続させられるのか

恋愛というのは、出会った人と非日常(デート)な時間をともに過ごし、そして一緒にいることに幸せを感じるから付き合うという行動に出るかと思う。ただ、その非日常は時間が経つことで日常に変わってしまい、人はいつしか「楽しくない」「つまらない」「一緒にいる意味が分からない」といって多くのカップルが別れを選択する。

そして思うのだ。「次こそ私(俺)にぴったり合う人が現れるはず」

これは、趣味を見つけようとする流れと似ている気がする。自分が楽しいと感じる趣味を見つけた!と思って、多くの時間を費やし幸せを感じるが、いつか「楽しくないなぁ」と感じて離れてしまう。そして「次の趣味を見つけたいな」と思うわけだ。

だから「趣味がふってくる」ような、恋愛と似たような「出会い」という偶然なものに期待をしてしまう。先ほど、記事から離れようとした人は、きっとこの「偶然な出会い」という、何か自分には想像を超えるキラキラしたものに思いをはせていたのではないだろうか。

恋愛では、年数をかけると愛情に変わるという言葉を度々みかける。年数によって、愛情に変わるならば多くのカップルは別れの選択をしない。恋愛初期のころはトレーニングを無意識的に行っている状態になっている。「この人といる私は幸せだ」「この人と一緒に何かをする自分って良いな」などなど常に思い込むトレーニングを無意識的にしている。恋愛中期になると、このトレーニングを無意識的には行えなくなる。「なんか、この人のこういうところが嫌いだな」「この人と一緒にいる自分って幸せなのかな」と意識的にトレーニングが出来なくなったカップルたちは、こうやって別れに向かうのだろう。

さて、違和感を覚えた人もいるだろうから、これも書いておきたい。

全員がこの意識的なトレーニングを行わないといけないのかというと、そういうわけではない。「無意識」にトレーニングを行い続けられる運命的な出会いもあるのだ。それが、「出会えていない人」を苦しめる。「無意識」に楽しいが続くような「趣味」「恋人」そんな出会いが世の中に起きていることも事実としてあるから、それを望んでしまうのも無理はない。

ただ、意識的にトレーニングをして「幸せ」という状態を持続できるのであれば、そういった外的要因を出来るだけ小さく済ませて、より自分の幸せをコントロールできるようになれる。

勘違いしてほしくないのは、自分が幸せな状態ではないのに思い込みで幸せな状態を作るのではない。誰かに攻撃を受けていたり、心が余裕のない状態を無理やり思い込みの力で「幸せ」な状態を作ることは危険である。そういうことではなく、何か行動をしてみて「幸せ」を少しでも感じるものがあれば、それがなぜ幸せな状態になっているのかを自己分析し、その状態が続けられるような思い込みを意識的にトレーニングをするのが大切なのである。

具体的に思い込みを作ってみよう

さて、ここまで書いてみたが具体的な例がないと納得が出来ないと思う。最近、自分には趣味がない。そしてワクワクしていない自分がいた。しかし、そんな自分を変えたいと思い「自分磨き」という名のダイエットや英語の勉強にチャレンジをしてみた。

何かを変えたいという思いは、最初の方は持続するが、モチベーションはやはり下がってくる。

そこで、意識的に行動した後に自分をほめるという習慣を試してみた。

そうすると、不思議と自分の行動に自信がついていく感覚がでてきて、ワクワクしてくるような、未来に対して変化が起きることを楽しめる自分が作られていく気がした。これはピースボートでも感じたことがある。あまりある時間の中で、前向きに自分の変化を起こす行動をし続けた結果、未来は何とでもなるという自己効力感に満ち溢れていた。(まぁその結果、船から降りたあとの周りとの温度差で自己効力感が下がっていく経験もするのだが…。それは、後々に書こうと思う。)

ただ、この意識的に行動することが極めて難しい。これが、努力なのだろう。

毎日の仕事にほとんどの時間を使い、それが何のためかハッキリと自分の中に答えが出ていない時間を過ごしているうちは幸せはどんどん遠ざかっていく。なぜなら、無意識的に「何か楽しいことがないかな」「何か運命的な出会いがきて、すべてが変わらないかな」と願ってしまっているからだろう。そんな外的要因に思いをはせて、自分自身が楽しいという気持ちを持てないまま膨大な時間を費やすことが本当に幸せな状態へと向かっているのだろうか。

もう一度、人生を考えてほしい。

楽しいは作れる。運命なんて作ってしまえばいい。

記事主は、今が一番若いと気が付いて行動を開始した。それは小さい一歩で、土日は散歩を一時間する。空いている日はプールで泳いだり、子ども達とバスケをする。そんな小さい行動を開始して、ほめる毎日を続けている。スピリチュアルな感覚だが、こうやって自分を大切にすることで、自分を大切にしてくれる誰かと出会い、自分と一緒にワクワクする仲間たちと一緒に社会貢献できる仕事と出会うのだと思う。

大きな変化はいらない。仕事をやめて世界一周に行けなんて言っているわけではない。小さな一歩で、小さな自分の心を大きな心へ変えて、最高で自由な人生を進んでほしい。

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